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錦上添花色更鮮


アナタに続く足跡 香りの軌跡

Day.50 --night on milky way

08/16-04:03-COM(0)-TB(0)-記憶
夜のやさしいまどろみに
あなたの夢からわたしはめざめる
風はひそかにそよぎ
星はきららかに輝いている
あなたを見る夢からさめて

P.B.Shelly, 1819


「ねぇ、シャハラザード。可愛い子」

そう呼んだ貴女は確かに俺の記憶の中にある。
貴女が、貴女の声が、この俺の……白紙の御伽噺を作ってくれたのだと知る。

「たまには顔を上げて夜空を見上げて御覧なさいな
 空の硝子はただの灯取りのためだけではなくてよ」

それに、と言葉を続けて貴女は俺の読んでいた物語を取り上げた。
あ、という俺の息と引き換えにするようにして差し出された一つの本。

「読むのならこちらになさい。……相応しい日に相応しい物語を読めるのはとても幸せなことよ。私のシャハラザード」

「相応しい日?」

俺の疑問に貴女は答えずただ天窓の外を流れ行く眩い流星たちに柔らかく眼差しを向けた。
変なお母様と俺は思いさらりとしたその表紙を指で撫でた。タイトルは少し風化して読みづらい。

「……魔法の呪文を教えてあげる」

表紙の題名を読み取ろうとしていた俺の頭上から唐突に貴女の声が降る。どうしたの、と顔を上げると思いのほかに貴女の顔がそばにあって俺は思わず息を呑んだ。なに、と呟いた声は少しだけ上ずり震えていた。
扇形の睫毛。吸い込まれそうな翠碧の瞳。漆黒の肌。同じ血。けれどそれは俺とは相容れてはいけないもののようだと今でも思う。

「星が眩く降る夜……その清かな星影が華やかに騒ぎ出す夜は目を閉じてこう呟くの」

間近で微笑む貴女の顔を見ていられなくて慌ててぎゅっと目を閉じた。
幼い俺の血が巡り熱く紅くなった頬に貴女の血の気の無いひやりとした手が差し込まれて、

「よくお聞きなさい、シャハラザード。―――ケンタウルス、」




***


「ケンタウルス、露を降らせ―――」

貴方の呟いた声は今まさに消えようとしている焚き木に吸い込まれていきぱちんと弾けた。
橙の光が落ち、周りを照らすのは貴方の膝の上のランタンだけになる。ぼんやりと木々の影は変わらず貴方を包んだ。
嗅覚は不思議と落ちていて、それに少し不安が忍び寄る。
けれどその代わりにいつもは朧にしか見えていない森の木々がやけにくっきりと見え、貴方は無意識にもう一度頭に浮かんだ言葉を口にのせた。

「ケンタウルス、露を……」

どうして、と貴方は首を捻った。
ずっと忘れていたはずの言葉を不意に思い出すとき、貴方はいつも惑いの中に投げ込まれる。
どうして風が吹き、インクがページの上を走るのか。何がそうさせたのか。
ぱたぱたとページはめくられる。脳裏で囁く声は貴方の声のように少しのざらつきを持ちながらも高潔で甘い声。
貴方はその声の主を知っていた。

「……母上」

星が落ちた。あの夜のように。
貴方の周りは本の海でなければ、貴方の夜空の間に硝子も存在はしていなかったけれど、あの日のように貴方の視界に星は落ちていった。清かな星影が華やかに騒ぎ出す夜。もう居ないはずの彼女の声がした。

「母上、貴女は幸せでしたか」

返る言葉は勿論なかった。貴方の脳裏を何人かの人影が過ぎりそれに貴方はぎしりと顔を歪ませた。
目の前で死んだ父親、自分に剣を突きつける、冷めた視線の、甘い嬌声のそれぞれの姉たち、光も言葉も持たない妹。それから自分に物語を読み聞かせる母親、とその声。

「……俺は、貴女を幸せに出来ましたか。母上……母様、姉様」

王位簒奪者の槍、と称された白雪姫の銘を持つ槍はきぃんと静かに共鳴する。
風が呼応するように揺れて貴方の香りと衣服のたっぷりと取った布地をふわふわと揺らす。

「貴女達が、……どうか満ち足りて永遠の眠りにつけたのなら俺の不孝も少しは許されるかな」

百を遠く数える、その遠い過去のなかにあるその家族の姿の隣にあるのはまだ年端もいかない少年姿の貴方だった。
母親から渡された物語の、カムパネルラとジョバンニと呼ばれる少年の姿がそれに重なりそうして貴方の過去の記憶は霧が散るよりも早くあっさりと霧散する。

とくん、と鼓動がなった。
それにあなたはびくりと身体を揺らし、自分が無生物から生ある存在へと変わっていることに思い当たった。
ぱたりと尻尾が揺れる。地面を叩いたその尻尾はそのまま土を撫でてそばの木々に触れる。温もりが無い。
いつもは同類であるはずのその木々がとても遠く思えた。とくん。心臓が揺れる。もう動かない貴方の鼓動。
存在すらしていない貴方の心臓。その心臓がとくりとくりと揺れている。
貴方の心臓がまだ動いていた頃。それは、それは……


(「魔法の呪文を教えてあげる」)


「……これはそんな魔法では無いでしょう、母様」


(だって、貴女の息子が命果てた後でさえも生にしがみついているなんて、想像も出来ないでしょう)


けれど貴方は今再び仮初の命を宿していた。
猫の尻尾も耳も視覚も。貴女がこの俺を見たら貴女はなんというだろうと貴方は思った。
いつも構ってはくれなかった姉たちも俺を見て笑うだろうかとも。
……もうこの世に存在すらしていないだろう彼女達を貴方は思い浮かべた。今だけは許されるような気がした。

「ねぇアリス、今だけは……他の女性を想っても、いいか、な」

そうして貴方はカラスウリのランタンを胸に抱えて少し泣く。
きらりと視界の端で星が降りだして、貴方はふ、と笑い流星にキスをした。
そのキスは、やけに塩辛くて……不思議と人の温もりのように、あたたかい。


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