Day.47 --Rapunzel |
08/16-03:34-COM(1)-TB(0)-記憶 |
むかしむかしあるところに一人のおとこがおりました
かれは来る日も来る日も、それこそ時というものが流れる間はずっと
あったこともない、居るのかもわからないような
想像のおひめさまに恋の炎を燃やすのでした
彼が目覚めた時、太陽は窓から静かな光を室内に運んでいるところでした。
その眩しさに思い切り眼をしかめてから、彼は今日が何日で今がどれくらいの時間なのかを確かめようと、いつも持ち歩いている手帳を取り出そうと寝ぼけ眼に腕を伸ばします。
その腕がすかっと気持ちのよい音を立てて空を切り、そうして床の石に叩きつけられてから彼は幾分かはっきりした意識を持ってその瞳孔を開きました。
深い葡萄酒のような赤色が最初に見たものは、やはり正面の石造りの窓から差し込む光でした。
彼は反射的に腕で顔を覆ったので、その次に瞳が見たものは彼の右腕で、その次に見た――認識したものはひらひらのフリルがついた袖口でした。
「……は?」
ぐるぐると一気に意識が動き始めます。がばりと起き上がれば自分の周りにはたっぷりの布が広がります。その布は当然、彼の腰周りから広がっており触れるとさわりと柔らかい手触りを返しました。
いつも彼が着ていた黒のスーツもネクタイも、そうして手袋までもが彼の周りからは消え去っています。
歌姫とカボチャの悪戯か?と思い、同時にハロウィンにはまだ早いぞともぼやきながら彼は立ち上がりました。ぐらりとバランスが崩れます。――後ろに向かって引かれるように。重い何かを背負っているように。
なんだかいやな予感を感じながら彼はおずおずと後ろを振り向きました。
「……おぉう?」
どうしたことでしょう。彼のいつもは肩口あたりで乱雑に切り取られた髪はいまや測るのも困難なほどの長さになっていました。
6フィート……には少しばかり足りない彼の背など軽々と追い越して、床の上に投げ出されています。それも三つ編み状になって。
彼は状態をかがめると毛先を摘み、それを目線の高さまで持ち上げてしげしげと眺めました。
柔らかく、巻きの入った色味のある黒髪です。いつも首筋辺りにさらりと触れ、そのくすぐったさにいやいやながら髪を纏める時に触れる髪質と同じ手触りでした。
「……俺が、俺のアリス?」
考えることを放棄したのか彼はぽいっと髪を投げ捨て、唯一外界に繋がっている……空の見える(空しか見えない)窓辺に寄りました。そこには椅子が置いてありそばのサイドテーブルには、リュートと本と糸紡ぎが控えています。
彼はそれを一瞥し、窓枠に手をつきました。
そこは塔でした。奥には森が広がり、その塔の周りには茨が植えてありました。季節が違うのか手入れが悪いのか幾つか薔薇の花が見受けられましたがそれはどれも萎れ色彩を描いており、それは塔からの風景をますます殺風景に見せるのでした。
「『――ラプンツェルは、世界に二人と無いくらいの美しい少女になりました。少女が十二歳になると……』」
彼は唐突に、けれど躊躇いなくすらすらと物語の一部分を諳んじくつくつと笑いました。
その一節は彼が昨日、確かにどこかで読んだ物語だったのです。
「俺は騎士だぜ?」
呆れたように呟くもそれに反応してくれるのは、部屋の反対側に置かれた大きな姿見だけ。
その中ではうつくしく伸ばした黒の髪に質素だけれど質の良いドレスを身に纏った姫が肩を竦めるだけなのでした。
それからの彼は、腹をくくったのか塔での暮らしを楽しみ始めました。
日に一度魔女のおばあさんがラプ……もとい、ティエンファの髪の毛を伝って登ってきて食事や(彼は生命体では無いので食事はしなくても平気でしたが)服や(それはやはりドレスに変わりはないのでした)身の回りの世話をしてくれましたが、彼にとってはそのとき持って来るように頼んでいた多くの本の方をずっと楽しみにしており、時には魔女のちからで手に入れたと思われる希少な本の数々に彼はうっとりと眼を輝かせるのでした。
そうはいっても日に一度「ラプンツェル、ラプンツェル、お前の長い髪をたらしておくれ」と声がかかると、自分はどこにも行けないのだと憂鬱な気分になるのに間違いはなく、俺が本当の俺ならラプンツェルを助けてやれるのにと胸中でこっそりと嘆くのでした。
窓から見る薔薇園は今日も枯れています。仮に花が咲いていたとしても、その芳しい香りを手元に寄せることが出来ないのなら何の意味がありましょうか。
彼は深い嘆息と共にそばにあったリュートを寄せるとぽろん、と音を立てました。彼は子供の頃は読書と武術しかやってこなかったような人間(死人)でしたから、音楽は得意とは到底言えませんでしたが数ある長い旅の中で、女性に愛を歌うために吟遊詩人に手習い程度に習ったことがあったのでした。
とはいうものの、それももう随分昔の話で弦を押さえる指はどこかたどたどしくやっと曲を通せるようになるには結構な時間が必要でしたが、結構な時間どころか随分な時間が彼とこの塔の中には満ちていましたので数日も立てばなんとか曲として聞かせられるようになりました。
“Sah ein Knab' ein Roeslein stehn, Roeslein auf der Heiden,……”
彼の拙いリュートの音と少しばかり発音の怪しい歌が(その言語は彼の生まれた場所よりもっともっと北のものでした)窓の外から飛び立っていくのを、彼はどこかやるせない気持ちで眺めるのでした。
“lief er schnell, es nah zu sehn sahs' mit vielen Freuden.
Roeslein, Roeslein, Roeslein rot……”
ティエンファは今日も歌っています。おばあさんが持ってきた本を読み終わった後はいつもそのように、空白の時間を彼は歌で埋めていました。
「ラプンツェル、ラプンツェル、お前の長い髪をたらしておくれ」
聞きなれた台詞が聞こえます。彼は一瞬だけ顔を曇らせるとサイドテーブルにリュートを置き、床に投げ出した髪をずるずると引きずって窓の外に垂らします。ぐっと髪が引っ張られるような感触がしてそれがどんどんと自分に近づいてくのも手に取るようにわかるのですが、今日はいつもよりもその手つきに優しさが感じられるような気がして、ティエンファはおや?と伏せていた眼を開けました。
空しか見えない窓枠の中、きらきらの光を背負ってひょこりと触角が現れました。
(触覚?)
それを思うよりも先に美しい、南国の海のような淡い色彩が彼の目の前に広がります。
こんにちは、と柔らかい声が彼の耳を擽るのにドキリと心臓が跳ね、ああ……などというすっとぼけた返事を彼は返すのでした。その後にしまったと何か言葉を繕うとはするけれど巧く言葉にはならずなんだか彼は泣きたくなり眼をふいとそらします。
(創造の泉が枯れ果てるってこういうことか……)
いつもなら、と彼は歯がゆく思うのに言葉が唇から溢れることはありませんでした。
「どうかしましたか?」
「ああ、すまない。俺は……あまり日光が得意では無いんだ」
「フフ。奇遇ですね、私もです」
とその王子も笑ったので彼はそれは良かったとやっとのことで笑い、ひょいと王子の手を取って彼を塔の中に招き入れてしまいました。
そうした後で、ティエンファは(姫らしくなかったか)と焦りましたが、それよりも目の前の彼からする甘い香りに、もうそれどころではないのでした。
「俺は……」
二人が厭う日光は石に阻まれて少しだけ、床を切り取っていました。
「はい」
目の前の美しい男性が(よく見れば尻尾とか花とか手とか、明らかに何か違いましたが彼の中ではそんなことは些細な問題でした)少しだけ楽しそうに微笑んで首を傾げます。
「俺は、君に」
(やっと会えた。――俺は、君に)
(会うために、生まれてきたんだ)
(ねぇ、俺のアリス)
***
がじがじとカボチャのオバケが貴方の頭を齧っている。それにも関わらず貴方は目覚めることはせず、ただぱしりとそのカボチャの頭を叩いて寝返りを打った。
「……ウィリック君ー。添花君が起きてくれないー」
「疲れてるんでしょう」
しょうがないから二人でご飯でも食べに行きますかねぇ、あっはっはと笑う神父に歌姫が嬉しそうにくるくると回る。
二人からは影になって見えなかったけれど、貴方もとろけそうに幸せに笑い、そうして風が短い貴方の髪をくすぐっていった。
■偽島メルヒェン■
(めでたしめたし……?)
かれは来る日も来る日も、それこそ時というものが流れる間はずっと
あったこともない、居るのかもわからないような
想像のおひめさまに恋の炎を燃やすのでした
彼が目覚めた時、太陽は窓から静かな光を室内に運んでいるところでした。
その眩しさに思い切り眼をしかめてから、彼は今日が何日で今がどれくらいの時間なのかを確かめようと、いつも持ち歩いている手帳を取り出そうと寝ぼけ眼に腕を伸ばします。
その腕がすかっと気持ちのよい音を立てて空を切り、そうして床の石に叩きつけられてから彼は幾分かはっきりした意識を持ってその瞳孔を開きました。
深い葡萄酒のような赤色が最初に見たものは、やはり正面の石造りの窓から差し込む光でした。
彼は反射的に腕で顔を覆ったので、その次に瞳が見たものは彼の右腕で、その次に見た――認識したものはひらひらのフリルがついた袖口でした。
「……は?」
ぐるぐると一気に意識が動き始めます。がばりと起き上がれば自分の周りにはたっぷりの布が広がります。その布は当然、彼の腰周りから広がっており触れるとさわりと柔らかい手触りを返しました。
いつも彼が着ていた黒のスーツもネクタイも、そうして手袋までもが彼の周りからは消え去っています。
歌姫とカボチャの悪戯か?と思い、同時にハロウィンにはまだ早いぞともぼやきながら彼は立ち上がりました。ぐらりとバランスが崩れます。――後ろに向かって引かれるように。重い何かを背負っているように。
なんだかいやな予感を感じながら彼はおずおずと後ろを振り向きました。
「……おぉう?」
どうしたことでしょう。彼のいつもは肩口あたりで乱雑に切り取られた髪はいまや測るのも困難なほどの長さになっていました。
6フィート……には少しばかり足りない彼の背など軽々と追い越して、床の上に投げ出されています。それも三つ編み状になって。
彼は状態をかがめると毛先を摘み、それを目線の高さまで持ち上げてしげしげと眺めました。
柔らかく、巻きの入った色味のある黒髪です。いつも首筋辺りにさらりと触れ、そのくすぐったさにいやいやながら髪を纏める時に触れる髪質と同じ手触りでした。
「……俺が、俺のアリス?」
考えることを放棄したのか彼はぽいっと髪を投げ捨て、唯一外界に繋がっている……空の見える(空しか見えない)窓辺に寄りました。そこには椅子が置いてありそばのサイドテーブルには、リュートと本と糸紡ぎが控えています。
彼はそれを一瞥し、窓枠に手をつきました。
そこは塔でした。奥には森が広がり、その塔の周りには茨が植えてありました。季節が違うのか手入れが悪いのか幾つか薔薇の花が見受けられましたがそれはどれも萎れ色彩を描いており、それは塔からの風景をますます殺風景に見せるのでした。
「『――ラプンツェルは、世界に二人と無いくらいの美しい少女になりました。少女が十二歳になると……』」
彼は唐突に、けれど躊躇いなくすらすらと物語の一部分を諳んじくつくつと笑いました。
その一節は彼が昨日、確かにどこかで読んだ物語だったのです。
「俺は騎士だぜ?」
呆れたように呟くもそれに反応してくれるのは、部屋の反対側に置かれた大きな姿見だけ。
その中ではうつくしく伸ばした黒の髪に質素だけれど質の良いドレスを身に纏った姫が肩を竦めるだけなのでした。
それからの彼は、腹をくくったのか塔での暮らしを楽しみ始めました。
日に一度魔女のおばあさんがラプ……もとい、ティエンファの髪の毛を伝って登ってきて食事や(彼は生命体では無いので食事はしなくても平気でしたが)服や(それはやはりドレスに変わりはないのでした)身の回りの世話をしてくれましたが、彼にとってはそのとき持って来るように頼んでいた多くの本の方をずっと楽しみにしており、時には魔女のちからで手に入れたと思われる希少な本の数々に彼はうっとりと眼を輝かせるのでした。
そうはいっても日に一度「ラプンツェル、ラプンツェル、お前の長い髪をたらしておくれ」と声がかかると、自分はどこにも行けないのだと憂鬱な気分になるのに間違いはなく、俺が本当の俺ならラプンツェルを助けてやれるのにと胸中でこっそりと嘆くのでした。
窓から見る薔薇園は今日も枯れています。仮に花が咲いていたとしても、その芳しい香りを手元に寄せることが出来ないのなら何の意味がありましょうか。
彼は深い嘆息と共にそばにあったリュートを寄せるとぽろん、と音を立てました。彼は子供の頃は読書と武術しかやってこなかったような人間(死人)でしたから、音楽は得意とは到底言えませんでしたが数ある長い旅の中で、女性に愛を歌うために吟遊詩人に手習い程度に習ったことがあったのでした。
とはいうものの、それももう随分昔の話で弦を押さえる指はどこかたどたどしくやっと曲を通せるようになるには結構な時間が必要でしたが、結構な時間どころか随分な時間が彼とこの塔の中には満ちていましたので数日も立てばなんとか曲として聞かせられるようになりました。
“Sah ein Knab' ein Roeslein stehn, Roeslein auf der Heiden,……”
彼の拙いリュートの音と少しばかり発音の怪しい歌が(その言語は彼の生まれた場所よりもっともっと北のものでした)窓の外から飛び立っていくのを、彼はどこかやるせない気持ちで眺めるのでした。
“lief er schnell, es nah zu sehn sahs' mit vielen Freuden.
Roeslein, Roeslein, Roeslein rot……”
ティエンファは今日も歌っています。おばあさんが持ってきた本を読み終わった後はいつもそのように、空白の時間を彼は歌で埋めていました。
「ラプンツェル、ラプンツェル、お前の長い髪をたらしておくれ」
聞きなれた台詞が聞こえます。彼は一瞬だけ顔を曇らせるとサイドテーブルにリュートを置き、床に投げ出した髪をずるずると引きずって窓の外に垂らします。ぐっと髪が引っ張られるような感触がしてそれがどんどんと自分に近づいてくのも手に取るようにわかるのですが、今日はいつもよりもその手つきに優しさが感じられるような気がして、ティエンファはおや?と伏せていた眼を開けました。
空しか見えない窓枠の中、きらきらの光を背負ってひょこりと触角が現れました。
(触覚?)
それを思うよりも先に美しい、南国の海のような淡い色彩が彼の目の前に広がります。
こんにちは、と柔らかい声が彼の耳を擽るのにドキリと心臓が跳ね、ああ……などというすっとぼけた返事を彼は返すのでした。その後にしまったと何か言葉を繕うとはするけれど巧く言葉にはならずなんだか彼は泣きたくなり眼をふいとそらします。
(創造の泉が枯れ果てるってこういうことか……)
いつもなら、と彼は歯がゆく思うのに言葉が唇から溢れることはありませんでした。
「どうかしましたか?」
「ああ、すまない。俺は……あまり日光が得意では無いんだ」
「フフ。奇遇ですね、私もです」
とその王子も笑ったので彼はそれは良かったとやっとのことで笑い、ひょいと王子の手を取って彼を塔の中に招き入れてしまいました。
そうした後で、ティエンファは(姫らしくなかったか)と焦りましたが、それよりも目の前の彼からする甘い香りに、もうそれどころではないのでした。
「俺は……」
二人が厭う日光は石に阻まれて少しだけ、床を切り取っていました。
「はい」
目の前の美しい男性が(よく見れば尻尾とか花とか手とか、明らかに何か違いましたが彼の中ではそんなことは些細な問題でした)少しだけ楽しそうに微笑んで首を傾げます。
「俺は、君に」
(やっと会えた。――俺は、君に)
(会うために、生まれてきたんだ)
(ねぇ、俺のアリス)
***
がじがじとカボチャのオバケが貴方の頭を齧っている。それにも関わらず貴方は目覚めることはせず、ただぱしりとそのカボチャの頭を叩いて寝返りを打った。
「……ウィリック君ー。添花君が起きてくれないー」
「疲れてるんでしょう」
しょうがないから二人でご飯でも食べに行きますかねぇ、あっはっはと笑う神父に歌姫が嬉しそうにくるくると回る。
二人からは影になって見えなかったけれど、貴方もとろけそうに幸せに笑い、そうして風が短い貴方の髪をくすぐっていった。
■偽島メルヒェン■
(めでたしめたし……?)
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comment
誰か、遊びませんか? |
詩織-URL-08/16-03:40-edit |
旦那が出張で3ヶ月は帰ってこない…(´д⊂)‥ハゥ
誰か、3ヶ月間だけでよいので、お相手してくれる方いませんか?
話して、仲良くなれたら、体の関係だけでもいいです。
寂しくて、どうしようもなくて…
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