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錦上添花色更鮮


アナタに続く足跡 香りの軌跡

Day.44

07/16-17:55-COM(0)-TB(0)-記憶
君を 君を 愛してる







風が貴方の髪を揺らした。
目の前の草原の緑に貴方の艶のある黒髪が僅かに入り混じり、それを追う様に貴方の香りが空を流れる。
普段は意識をしていないとしても、こんな大したこともない日常の端々で自分自身の象徴が自分に注ぎ込まれると、やはりどこか安堵してしまう自分がいることに貴方は不可思議な気持ちにさえなる。

髪を切ろうかな、と貴方はぼんやりと思った。
くるくると癖の強い巻き毛は長い旅(勿論それはアリスを探すためのものだ)の中で特に気を使われることも無くそのまま伸び続けていた。それを普段の生活では気にすることは無く、服を脱いだ時に毛先が背中に触れるくすぐったさで貴方はああもうそろそろ切る頃合かと思う程度だった。
(正直)
陽射しがぎらりと輝き貴方は目を背ける。舌打ちと同時に仕方が無いと髪をかき回し気だるそうに一歩を踏み出す。
(……俺自身の髪よりも女の子の髪が触れるほうがいいに決まっているじゃないか)
また風が貴方の髪を揺らし視界がふ、と暗くなる。それは有難いことだったけれどさすがの貴方にも白兵戦には良いとは思えなかった。
溜息を一つ零してリボンで襟足ごと髪を一つに纏める。髪を纏めるのが似合うほど貴方の髪は長くなく、少しのアンバランスさと共にそれは貴方を幼く見せた。
仕方が無いと貴方は今度は胸中で嘆息を吐く。いつも貴方の周りで賑やかに歩む友人の姿は貴方の周りには見受けられない。



ゆっくりと北上をする。地図を見れば今日のキャンプ地まではずっと草原が広がっているようだった。
風が吹くたびに草の海に風紋が描かれ、それを貴方は眩しいものを見るような心持で見つめた。心地よい風。草の匂い。眩しい昼下がり。手元の銀槍を動かすと光が映りこみきらきらと輝いた。嘘の様に軽い貴方の槍。無闇に人に触れさせることは勿論しないけれど、きっと神父にも歌姫にも容易く持ち上げることが出来るのではないかと思う。
(あれで神父殿は結構体格良いし)
持っている本も重いし、と笑いながら自分の思考に付け加える。本に関しては貴方も人のことを言えたものではないのに、貴方の意識は貴方の、殊更に小さく纏められた荷物の中の御伽噺には行かないようだった。
けれど、と貴方は考える。もう一度銀槍に目を移すと応える様に光が蠢く。
(俺の女を別の男には渡せない。歌姫は……お前が嫉妬する、か)
なぁ、スノウホワイト?と目をやれば当たり前でしょうと返事をしたように貴方には思えた。Schneewittchen――白雪姫と名づけた貴方の槍。王位簒奪者の槍。
(でも)
王位簒奪。その単語を認識した瞬間に息遣いだけが聞こえる夜や燃え盛る炎が視界にチラついて貴方は思わず目を伏せた。その情景のもたらす意味よりも過去からの手招きが貴方を苛むことが酷く不快だった。
(悪いけど……俺のオヒメサマには妬かないでくれよ、頼むから)
どうかしら、と貴方の気が狂うような長い時間を共に歩み続けた姫は笑う。




きぃん、と耳鳴りがして貴方は舌打ちをする。
目端で外界を把握した。もう少しで夜の種族の時間がやってくる。あとどれほど歩けばいいのかと地図を確認しようとしてもそれを叶える事は出来なかった。ザン、と草の葉を散らして突き立てた槍に縋りついた。
ぐるぐると視界が巡る。空腹ではないし体力が尽きているわけでもない。香りは未だ貴方の塵を核の宝石に縛りつけ、強固に結びついている。くそ、と吐き捨てようとした言葉は音になる事無く貴方の喉に吸い込まれて消えた。
昼、夜や炎……貴方の過去が唐突に展開した時か、と貴方は感じた。貴方の記憶の本にまた虫食いが広がっていく。
(『いい名前だ。貴女によく似合っている』)
声がした。それが貴方のものなのか違う誰かのものなのかも今の貴方にはよくわからなかった。こんな風になったのはいつからだろうと貴方は思った。“生き返った”時はどうだっただろうとも。あの時はもっと色んなことを覚えていたような気がした。けれど。けれど、と貴方は続ける。芽を出そうとする記憶以外のことを考えていないと、貴方は過去に侵食されてしまいそうだった。あの時覚えていて今覚えていないことはたくさんある。同時に、あの時覚えていなかったのに今覚えていることも、同じくらいあるように貴方には思えた。思い出したわけではなく、貴方はそれを知っている。
(『貴女が誰かに好かれるのは面白くない』)
物語の一節や誰かの体温、紅茶の味、そんなものを覚えているのに
(『……だって貴女を一番好きなのは俺なのに』)
その誰かの名前も顔も、貴方には思い出せない

(『俺は貴女の騎士、……貴女のものだ。ご命令を、俺のお姫様』)

跪いた床の固さも口付けた手の甲の柔らかささえ甦るのに





「……君、添花君」
後ろから声をかけられて貴方の意識は唐突に再び現実に戻ってきた。
「ああ……これはこれは親愛なる歌姫殿、ご機嫌麗しく――その美しさに月さえも姿を」
相手を認識するよりも先にすらすらと口を割ってしまった言葉たちに、アと口をつぐんでから貴方は困ったように目を伏せた。
変な添花君、と貴方の調子に気づいてか気づかずか、目の前の歌姫はへらりと表情を崩した。
そこではじめて貴方は自分が何処に居るのかに思考を至らせる。
(……辿り着けたのか)
貴方を捕らえようと手を伸ばした記憶は今は、それこそ“記憶の彼方”へと消え去り静謐な夜だけが辺りを包んでいた。思考も感覚もクリアだ。草原はいつの間にか途切れ固い床が一面に広がっている。
風が吹いた。いつもどおりの貴方の香りがふわりと貴方の鼻腔を擽るのに酷く安堵する。髪の表面だけが揺れるのに、ああと思い出して貴方は結んでいたリボンを解いた。手を差し入れぐしゃぐしゃと髪についた癖をとる。柔らかくうねる髪の中からぱらぱらと緑の草が足元に落ちた。一体何処で、と貴方は思ったけれどそれより先に「転んだの?」と声がとんできたので違うと首を振った。
「そっかー、転んだんだ……可哀相に」
「まぁ確かに誰が作ったのかウサギ用の罠とかありましたよねぇ。草と草を結ぶ、アレ」
(いやだから違うって……)
自分の否定には微塵も耳を貸さずによよよ…とわざとらしく哀れむ歌姫とこれまたいつもどおりにこやかに「引っかかったんですね」と言外に通告してくる神父の二人にこれだから無駄に長生きしているヤツは、と無責任な怒りが貴方の中に芽生えたけれど同時に自分の“年齢”を省みてそれを口にすることはやめることにした。貴方の年齢……貴方が年を数えることをやめてからのそれは貴方が探し物のために費やした年月そのもので、それは“気が狂う”程の年月だった。銀槍の上で光が馬鹿にするように蠢く。
「仕方が無いな~。お姉さんが元気付けてあ・げ・る☆」
歌姫の香りが貴方の香りと交じり合う。それを意識するよりも先に貴方の視界に飛び込んできた姿。近い、と貴方は思ったけれど翻弄されている自分がなんだか可笑しくて思わずフと笑みを零してしまう。
僕のカルボナーラ食べますか、昼の残りですけどと相変わらずのマイペースぶりで言葉を紡ぐ神父に「クリーム系は痛むのが早いから遠慮しておく」と言葉を返して貴方は歌姫の頭にぽん、と手を置いた。





君を 君を 愛してる

たとえ明日亡くしても
あなたを失っても
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