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錦上添花色更鮮


アナタに続く足跡 香りの軌跡

Day.43

07/16-17:54-COM(0)-TB(0)-記憶
――もし
今 貴方の瞳に映るのが僕なら
これ以上何を望めというのだろう
言葉がいらないと言ったら嘘になるけど
貴方がいるなら
貴方と過ごす世界なら
そこはいつでも 僕の








「何を読んでいらっしゃるの?」

俺の視界に影がさして、同時に頬に柔らかい髪が触れた。
眼差しを一度闇の中へとしまいこみ、すぅと息を吸う。甘い香り。それしか言えない。

「……その香り」

「わかりました?あなたに頂いたものですもの、……嬉しくて。似合っているかしら?」

持ち上げた指がふわりと彼女の髪に絡みつく。俺の指なのに、まるで意思を持っているかのようでその様に俺は思わず笑ってしまった。俺以上に、本能に忠実な俺の指。

「勿論。俺の期待以上に君に似合ってる……愛する人の香りと俺が君を喩う香りが交じり合う、その幸福を俺に与えてくれるなんて」

俺をどうしたいの、と呟いた声は掠れていて俺は驚いてしまった。それを誤魔化すように、弄っていた髪ごと指を持ち上げる。
彼女の髪は、いつもみずみずしくて神聖な味がする。すぐ耳元でやめてちょうだいと鈴の音のように笑う声。俺の口元が綻ぶ。

「……“自分に自信をもたせたいんだ”」

え?と呟く彼女に、俺は続ける。人から愛されているという自信が。

「大した話じゃない。別れの果てに結ばれる恋人達の物語だよ」

続けて、と彼女が微笑む。
いつもの予定調和。……それにこんなにも満たされるのはどうしてなのだろう。

じゃれあっていた間に風が物語の時を逆巻いていた。俺は身を起こしページを繰る。
端正に記された独白に映りこむ彼女の影。

「“そしてあの楽園をもう一度取り戻したいから――今度は、貴方と”」

俺の声が空気に吸い込まれていく。甘い彼女の香りが俺の思考を痺れさせる。


「“もし、今貴方の瞳に映るのが僕なら……”」


望むことがあるのであれば、このまま時が止まることを。
永遠に。
永遠に、彼女の瞳の中に俺だけを探し続けていたい。




***




「何を読んでいるんですか?」

貴方の思考の外からかかった声に貴方はふ、と虚ろに彷徨わせていた視線を現実へと結びなおす。
顔を向けるまでも無い。声さえ無くてもわかる。ひとりの人間の香りを知るのに数十日かかる、などというのは貴方にとっては冗談にも等しい無能の証だった。

「たいそうなものじゃあないさ」

もう一度大したものでもない、と口の中で言い直す。
認識した現実は、貴方自身が思っていたよりも夜が辺りを侵食した。自分はどれだけ“海に溺れていた”のかと考えれば思わず口の端に笑みが登ってしまった。
ぐっと目の付け根を指で押す。それを冷静に、なんて人間くさいんだと貴方は自嘲さえする。人間らしく。

「誰か人が死ぬわけでも、壮大な冒険浪漫が書かれているわけでも。
 勿論……誰かを救うことが出来るような有難い教えでも、ね――そう、君が読むような」

そこではじめて顔を上げると、夜に片足どころか首元まで使っているような刻限なのにいつも変わらず瞳を隠す神父服姿の青年が居た。
彼は少し困った顔をしたようだった。貴方はそれにどうしようかと思索を巡らせ、一先ず手元に開いていた本をぱたりと閉じた。

「僕は神父ですけど信仰があるわけじゃないですからねぇ」

のらりくらりと返される。彼は誰かを救うのだろうか。救ったことがあるのだろうか。
信仰があるわけではない、……信仰を持たない神父。貴方は護るべき人が居ない騎士。
決定的に違うのは、彼は信仰を「失った」のに貴方はその対象を未だ見つけてすら居ないということだ。
けれどその思考は貴方の中で、その場所へいたることはなかった。
“姫”の存在を揺らがす思考は貴方の中ではいつもいつも自己検閲され霧散していく。貴方はそれには気づいていない。気づけない。

「それに聖書ばかりを読むわけでも無いですよ。ほら、あなたにお貸しした」

そこまで言われてああ、と貴方は雑誌を借りていたことを思い出した。その雑誌を思い浮かべ、それからもう一度目の前の神父を見る。

神父だ。だけれど、彼の中身はぐにゃりと捻じ曲がっているのだと貴方は思う。清廉潔白で神に仕えるもの。貴方が生前、それから死んだ後でさえも見た彼らは、彼とは違う。正確には彼が彼らと違うのだろう。
神父だけれど、信仰を持たない。
エルフだけれど、精霊に嫌悪される。
彼の中は逆接で満ち溢れていて、確かに貴方の感覚に働きかける香りでさえも一所に言葉にすることが出来ない。

それにくらべて、と貴方は続ける。
自分は、どうなのだろう



(『君と愛し合った日々を忘れない』)

(『例えそれが色褪せ消えゆく 一瞬の幻だったとしても』)

(『戻らない時だけが まだ僕の中で輝き続けている』)

(『――君は、僕の      だった』)



先ほどまで貴方の中に染み渡っていた言葉たちが鎌首をもたげてゆっくりと貴方の思考を喰らい尽くしていく。


「……大丈夫です?」

言葉を失った貴方に、神父が不思議そうに手を振った。
大丈夫だ、ともはや機械的に返して貴方は立ち上がる。自分の周りに満ちていた空気が動き始めるのがわかった。

「神父殿」

「はい」

相変わらず読めない男だとも思う。逆接に満ちているのに揺らがないとも。
彼の時は何のために流れているのだろう。そんなこともぼんやりと考えた。

「歌姫の歌声でも聞きに行かないか」
「いいですねぇ」

サングラスの向こう側で表情が動いたのがわかる。
彼の瞳に貴方は映らない。けれどそうする必要も無い。

「あー、ほら。聖歌でも聴いたら信仰を取り戻すかもしれないぜ?」
「だったら代わりにレクイエムでもリクエストしましょうか」
「それやると俺より先に彼女が消えてしまうんじゃないのか……」

軽口を叩きながら、歌姫が自分の望む曲を知っていればいいと思う。
彼にとっての信仰を取り戻すに値するような、そんなうたを。




***




「何を読んでいるんだい?」

頬にキスを受ける。手を伸ばすと愛しい王子様の存在。
くすくすと笑って私は彼に再びキスを返した。

「他愛も無い恋人達の睦事」
「何かおかしなことでもかいてあった?」

少し腑に落ちないような眼差しで私を見る彼に、いいえと私は首を振った。
顔を上げた。彼が居る。……彼の瞳の中に私も。

風が白のカーテンをはためかせている。私は本をサイドテーブルに置いた。鼻腔を擽る柔らかい紅茶の香り。

「ねぇ」

私は彼の名前を呼び、首に腕を伸ばす。すっと、瞳の中の私が大きくなった。

「私の瞳の中に、貴方は映っているかしら?」

「――勿論。それが、どうかしたの?」

勿論。洗いざらしのリネンのような声で響くその清潔さに胸の奥がぎゅっと痛みを訴えている。

なんでもないの、とキスをして言葉も何もかも封じ込める。
相変わらず風がカーテンをはためかせている。レースのカーテンはそこでふわふわと風を受け流すばかり。
……何かを逆巻いたりなど、するはずもない。
永遠に終わらない黄金色の午後でさえも。






――もし
今 貴方の瞳に映るのが僕なら
これ以上何を望めというのだろう
言葉がいらないと言ったら嘘になるけど
貴方がいるなら
貴方と過ごす世界なら
そこはいつでも僕の楽園になる
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