Day.33 |
07/16-17:51-COM(0)-TB(0)-記憶 |
物語はここから流れる
道連れは流れを乱すことなく
「では私が名をやろう」
「錦上添花。今は耳慣れないであろうが……お前にきっと、よく似合う」
(「お前に名を与えよう」)
(「お前の過去も未来も全て私達のものである、その契約として」)
(「プリマヴェーラ、お前の未来が艶やかであるように」)
「……ッ…」
貴方は顔を顰めた。手を添えた部分を中から押し返すようにずきりと痛みが走る。
貴方にとって過去というものは酷く厄介なものであると感じていた。自分の望む外で自分を規定する。自分の中から多くが失われているとしても過去は確かに存在し、縛り、貴方を形作る。
(俺を規定するものは)
(アリス、君だけでいい――……!)
そう吐き捨てた独白も頭痛に呑み込まれ、渦となって貴方の中に沈んでいく。
アリスへの思い、貴方にはそれしかない。それに貴方は無意識に気づいている。
香りは己を存在させる要素でしかなく、槍も銃も突き詰めればその姫君の騎士であるためのもの。
アリスへの思い、それしかないのに。でもその思いが何処から来るのか、それだけには気づけない。
貴方自身、気づこうとしているのではなく敢て気づかないようにしていることすら気づいていない。
幼い記憶。あの夜の蔵書の海を泳いだこと。その自発的なサブリミナル。それ以外の、どこかもっともっと遠い時代と場所に自分が存在していて見ている風景。
けれど貴方のそのあやふやな記憶ではそれが自分のオリジナルかそうでないのかを理解することが出来ない。
もっと考えれば「それが自分の見た風景ではない」ということの意味をすくうことも出来ない。
(「シャハラザード……リデルか。戻っておいで。君のオヒメサマが泣いているよ?」)
(「お前も東の戦線に行くのか、プリマヴェーラ。お前にとっては半分任務の半分“アリス探し”なんだろうが」)
(「綺麗な髪ね。あなたは否定するかもしれないけれど、私はこの金を縒ったようなあなたの髪の方がずっとずっと綺麗だと思うわ」)
薄まることの無い夜の香り。遺跡の中の夜。貴方達夜の種族の啼く時間。
残りの二人は眠っているようにも見えた。もう少しで夜が明けるからだろうか。
月の舌で遊び歩く時間はもう終わり、密やかに収束しなければならない。
夜明けが訪れる前の朝が夢から過去を連れてくるように。
その夢を貴方は覚醒の中に見る。
白城。照り返しの陽光。天窓の月。揺らめいた蝋燭。図書室。
誰かの虚ろな緑の瞳。空舞う剣。子守唄。矯声。自分を戒める眼差し。
カーテン。失われた体温。靴の反響音。泣く声。絵本。宝物殿の鍵。
森の小道。手を染めた血。焼き尽くした炎。王位簒奪者の槍。消えない感触。
風に舞う髪。罵声。重ねた人肌。銀の反射。咽帰る香水。女物の衣装。
貫く心臓。雨の音。煙管の囁き。仰いだ青空。首もとの剣。女の声。
プリマヴェーラ。金のフープピアス。騎士剣。マアト。鍛冶音。レスタト。
銃声。捕虜。緋色の手帳。雪。白銀色。唐突に消えた視界。アリス。
教会。うつくしきもの。ステンドグラス。キリエ。花飾り。キリエ。金の髪。キリエ。
(……キリエ?)
ずきり、と再度の痛み。
自分を戒めるように、規定しなおすように、作り変えられるように。
それは貴方を、貴方の器に留めようと合図を発しているようでもあった。
貴方は胸中で声を吐いた。
虫食いの本を読むように、自分という書物をざらりと捲る。
その埋められない穴は徐々に増え、暗闇の中に暗転し、そして再び白となる。
虫食いは貴方を漂白する。
壁についた手は貴方に無機質に冷たさを返してくる。
もしも貴方に心臓があるのならば、その吐いた息は白かったことだろう。冬だ。
どこともしれない眼差しの裏に浮かんだ風景に眼をやって、そこはどこの土地だろうとぼんやりと思考をめぐらせる。
海辺に雪が降っていた。
貴方の知る、生きていた貴方の最期の風景ではないとわかって貴方は無意識に体の力を抜く。
深緑の森、紺色の海、世界がダークトーンに落ち着く中、灰色に煙る雪。その色に安堵を見る。
その色は貴方を殺しはしない。
その色は......を消し去ってしまった色なのだから。
道連れは流れを乱すことなく
「では私が名をやろう」
「錦上添花。今は耳慣れないであろうが……お前にきっと、よく似合う」
(「お前に名を与えよう」)
(「お前の過去も未来も全て私達のものである、その契約として」)
(「プリマヴェーラ、お前の未来が艶やかであるように」)
「……ッ…」
貴方は顔を顰めた。手を添えた部分を中から押し返すようにずきりと痛みが走る。
貴方にとって過去というものは酷く厄介なものであると感じていた。自分の望む外で自分を規定する。自分の中から多くが失われているとしても過去は確かに存在し、縛り、貴方を形作る。
(俺を規定するものは)
(アリス、君だけでいい――……!)
そう吐き捨てた独白も頭痛に呑み込まれ、渦となって貴方の中に沈んでいく。
アリスへの思い、貴方にはそれしかない。それに貴方は無意識に気づいている。
香りは己を存在させる要素でしかなく、槍も銃も突き詰めればその姫君の騎士であるためのもの。
アリスへの思い、それしかないのに。でもその思いが何処から来るのか、それだけには気づけない。
貴方自身、気づこうとしているのではなく敢て気づかないようにしていることすら気づいていない。
幼い記憶。あの夜の蔵書の海を泳いだこと。その自発的なサブリミナル。それ以外の、どこかもっともっと遠い時代と場所に自分が存在していて見ている風景。
けれど貴方のそのあやふやな記憶ではそれが自分のオリジナルかそうでないのかを理解することが出来ない。
もっと考えれば「それが自分の見た風景ではない」ということの意味をすくうことも出来ない。
(「シャハラザード……リデルか。戻っておいで。君のオヒメサマが泣いているよ?」)
(「お前も東の戦線に行くのか、プリマヴェーラ。お前にとっては半分任務の半分“アリス探し”なんだろうが」)
(「綺麗な髪ね。あなたは否定するかもしれないけれど、私はこの金を縒ったようなあなたの髪の方がずっとずっと綺麗だと思うわ」)
薄まることの無い夜の香り。遺跡の中の夜。貴方達夜の種族の啼く時間。
残りの二人は眠っているようにも見えた。もう少しで夜が明けるからだろうか。
月の舌で遊び歩く時間はもう終わり、密やかに収束しなければならない。
夜明けが訪れる前の朝が夢から過去を連れてくるように。
その夢を貴方は覚醒の中に見る。
白城。照り返しの陽光。天窓の月。揺らめいた蝋燭。図書室。
誰かの虚ろな緑の瞳。空舞う剣。子守唄。矯声。自分を戒める眼差し。
カーテン。失われた体温。靴の反響音。泣く声。絵本。宝物殿の鍵。
森の小道。手を染めた血。焼き尽くした炎。王位簒奪者の槍。消えない感触。
風に舞う髪。罵声。重ねた人肌。銀の反射。咽帰る香水。女物の衣装。
貫く心臓。雨の音。煙管の囁き。仰いだ青空。首もとの剣。女の声。
プリマヴェーラ。金のフープピアス。騎士剣。マアト。鍛冶音。レスタト。
銃声。捕虜。緋色の手帳。雪。白銀色。唐突に消えた視界。アリス。
教会。うつくしきもの。ステンドグラス。キリエ。花飾り。キリエ。金の髪。キリエ。
(……キリエ?)
ずきり、と再度の痛み。
自分を戒めるように、規定しなおすように、作り変えられるように。
それは貴方を、貴方の器に留めようと合図を発しているようでもあった。
貴方は胸中で声を吐いた。
虫食いの本を読むように、自分という書物をざらりと捲る。
その埋められない穴は徐々に増え、暗闇の中に暗転し、そして再び白となる。
虫食いは貴方を漂白する。
壁についた手は貴方に無機質に冷たさを返してくる。
もしも貴方に心臓があるのならば、その吐いた息は白かったことだろう。冬だ。
どこともしれない眼差しの裏に浮かんだ風景に眼をやって、そこはどこの土地だろうとぼんやりと思考をめぐらせる。
海辺に雪が降っていた。
貴方の知る、生きていた貴方の最期の風景ではないとわかって貴方は無意識に体の力を抜く。
深緑の森、紺色の海、世界がダークトーンに落ち着く中、灰色に煙る雪。その色に安堵を見る。
その色は貴方を殺しはしない。
その色は......を消し去ってしまった色なのだから。
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