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錦上添花色更鮮


アナタに続く足跡 香りの軌跡

Day.31

07/16-17:50-COM(0)-TB(0)-記憶
いらっしゃいませ。
遠路はるばる……斯様に道深い場所にようこそおいでくださいました。
貴方様の来訪を我が血を代表して御礼申し上げます。


あの方のことをお知りになりたいと伺っておりますが……。
ええ、左様でございます。わたくしでわかることでしたらどのようなことでも。
我々にとってもあの方にこのように訪ねてきて下さるご友人がいらしただなんて
そのことだけでも嬉しいんですのよ。
叶うならあの方をこの場所にお呼びできたら何よりも幸いでしたでしょうに。

申し遅れました。わたくしはサラーブ・リデル。
確かにあの方と同じ血に連なるものでございます。

そのようにかしこまらないでくださいませ。
どうかおくつろぎ下さい。夜は長く、それはまたあの方の生も同じ。
わたくしがお話できることはその僅か、一端、物語の序章に過ぎませぬけれども
それでも恐らくは貴方様のお力添えと成れることと思っております。
そして同じく、慰めにも。


それでは、はじめましょう。


あの方が生まれたのは今より壊れた時計ですら同じ時を刻む程の年月を隔てた
静かな朝の入り口の一歩二歩ほど手前でございました。
夏を迎えるばかり、海の端が金に縁取られそれが我が白城の外壁を闇から少しだけ切り取る、
みずみずしくもまどろみを欠片さえも感じさせない清澄な朝だったと聞いております。
褐色の肌、花の墨を絞り染め上げたような緩やかな髪、
産声を上げたその後に母君を見つめられたその瞳の色は北国に花開いたワインよりも深い色。
あの方の父君と母君は、たっぷりと息がとまるほどに見つめあわれた後に
そうしてあの方をシャハラザードと名づけられました。
その名を頂くことを誰も口を挟めないほど、あの方の容姿は際立って女の性を色濃く映していたのでございます。

けれど、あの方は我がリデルの血筋に久しく見受けられなかった男子でございます。
どうしたことか……何の咎かリデルの家には男を授かることが極めて珍しくありました。
かつて本流にあったリデルが領主の座を簒奪され傍流に貶められた時、当時の簒奪者に
再び我らがその地位を奪うことの無いよう、呪を刻まれたのだとも伝わっておりますが
それが真実かは今となっては確かめる術もございませんし無意味なことにございます。

先の代の方々がいつかは再び、と考えられていたのかはわたくしには知る由もございません。
けれどシャハラザード様の父君、ヴィンセンテ様は大層厳しくシャハラザード様を愛されました。
その心持にはやはり、リデルに流れる呪の呪縛がやはりあったのでしょうか。
あの方が父の名を呼ぶよりも早くあの方の手にはシャムシールがございました。

ただ天に記された書物が簡単にヴィンセンテ様を悩ませることには、幼い頃のシャハラザード様は酷く身体の弱い方でした。
三人の姉君、上よりファイルーズ様、サヤラーン様、ルゥルゥ様と仰いますが……
そのお三方、特にファイルーズ様は剣術、馬術、槍術、その他様々な武術において秀でておられました。
それはその姉君達が闊達で天賦の才を備えていたという点も勿論あるのですけれども
そしてそれを実現させられるほどシャハラザード様は身体が丈夫ではないこともありましたけれども
それを差し引いてもあの方は、外で風と戯れるよりもなによりも
室内で遠い歴史や国の物語にその意識を埋めるのを好まれる方だったのです。
リデルの家には誰が集めたものか多くの書物が古くより邸の一部を占拠しております。
彼は灯火を星明りに変え、人々の夢を見る狭間の時空に多くの姫君たちと漂うばかり。
もし彼の肌が父上、ヴィンセンテ様のように、あるいは遠くの国の王子のように白皙であったなら恐らくその血の気の色は赤を通り過ぎ雪に溶けるほどでございましたでしょう。
其れほどまでにヴィンセンテ様との剣戟のときを埋めるように彼はそれ以外の時間を書物の海で溺れました。
シャハラザード様をお育てしたものは血の繋がりよりも深遠より滲み出した意識だったのでございます。

シャハラザード様が数えで6つになられた時、彼は兄君となられました。
当代のリデルに四人目の姫君・ヤシュム様の誕生です。
その名の通り吸い込まれそうに大きな翠の瞳を持つお嬢様でした。
シャハラザード様はヤシュム様を可愛がられましたが、ヤシュム様は幾年を経ても虚ろな光無き瞳を向けるだけでございました。

四人のアミーラと一人のアミール、彼らをこの世に送り出した方の名をズームルッド様と仰います。
濡れた様な艶めく肌と髪、瞳の色を除けば姉弟の中でその血を一番強くシャハラザード様にその美貌をお譲りした方でもございます。
この家に古く積もっていた多くの蔵書を整理し清め、価値ある図書の海を創されたのもズームルッド様です。
彼女は彼女の娘と息子への寝物語を欠かすことはありませんでした。
茨の塔に閉じ込められ昏々と眠り続ける麗しき姫を、海に沈められた恋人を迎えに墜ちる空の王子を、
残酷な王を諌めるために物語を語る賢き王妃を、三つの首持つ死霊を打ち倒す英雄を、
哀しき運命のすれ違いで命を落とす永遠の恋人達を、牧神の迷宮に迷い込み王女への道を歩む少女を、
時空を彷徨いながら人を斬る事でしか居場所を見つけられない笛吹きの娘を、母は子供に与えました。
その姉弟達の中でも、どの方が熱心にそれらを恋乞うたのかはお話せずともお分かりでしょう。
言葉より力に魅せられたファイルーズ様、徹底したリアリストであったサヤラーン様、幼き頃より夜に溺れたルゥルゥ様、そして光も言葉を持たないヤシュム様。
波打つ腰まで伸ばした髪に象徴された容姿以上にシャハラザード様は姫でありリデル家のお嬢様であったのです。
物心つくより早く、彼の世界は御伽噺の光と武術の闇で構成されておりました。

彼をひたすら縛り付けるものですらなかった武術に彼が慧眼したのはシャハラザード様が7つか8つの頃だったでしょうか。
その頃のシャハラザード様はヤシュム様に熱心に物語を読んで聞かせました。
それにヤシュム様が反応されることはございませんでしたが、シャハラザード様はそれでも良い兄君でありました。
力無く外からの助けが無くては何も出来ない妹君に繰り返し語る、姫君と騎士の物語。
――こうしてお姫様と王子様は結ばれてずっと幸せに暮らしました。めでたしめでたし……そのような物語をあの方は何よりも好まれました。
その中にあの方は何を見出したのでしょうか。
ズームルッド様が“生まれてくる性別を間違えたようね”とおからかいになる鈴の音もそのままに無邪気に純粋に心からシャハラザード様は物語をその耳で、目で、唇で、指で、全身で愛おしまれました。
自ら妹君に語る物語は、当時まだ幼かった彼の中に深く刻まれる結果となったのでございましょう。
まるで催眠のように、とあとでサヤラーン様が語られる様に彼はこのように自分の意識を上書きしていきました。

自分にも自分だけの姫君がいるのではないか
そうならば彼女はどこかで自分の助けを待って泣いているのでは
では自分の運命はその姫を助け出すことなのだと


そうと決まれば、とある時を境目にシャハラザード様は熱心に武術に打ち込まれるようになりました。
剣術では最後まで姉君に叶うことあたいませんでしたが槍術には才を与えられたのか目を見張るものがございました。
そのように成長されたシャハラザード様を見つめるヴィンセンテ様の紫瞳の色は如何程であったことでしょうか。

シャハラザード様が14の時、ヴィンセンテ様が亡くなられました。
ヴィンセンテ様は今際の際にあの方をお呼びになり何事かを伝えられたそうです。
その内容についてはわたくしも、恐らくそのお二方以外の誰も知らぬことでありましょう。

そうしてあの方は姿を消しました。
一振りの槍と幾つかの御伽噺とともに。
香りの一筋さえも残さずに。

愛した母にも、姉達にも。妹君には思いを渡したのだとしてもそれは誰にも分かりませぬ。
彼が残したものは、妹君の膝の上の物語だけだったのですから。
吟遊詩人が詠う、姫君と騎士の悲恋だけを何かの暗示のようにその虚ろな瞳の下に。

二人の男をその血に流れる呪いに従い失ったリデルですが、どうとしたことか、そのすぐ後に領主の座を簒奪しました。
残された五人の女達はこの掌に乗るほどの小さな地を治める権利を再び得ることとなり、
それにて糧を得、己の血統を残していくことが出来たのでございます。
それが無ければその血筋はとうに滅んでいたに違いありません。
勿論それは和解ゆえの結果ではございません。当時の領主…本流の一族が全て滅んだ為。
当時綺羅の如く湛えられたその邸は空を茜色に染めて血に地に崩れ落ちました。
誰の手によるものかはそれより膨大な年を数える今でも闇と夢の中なのでございます。

シャハラザード様はそして其れより先、リデルにひとたびも戻られてはおられません。
この家はその後も細々と血脈を継いでここまで参りました。
このような森と海しかない小さな土地であるが故に侵略の手も無く、
空はおろか時にすら見放されていることだけが我々の慰めなのかもしれません。




わたくしが語ることが出来るのはここまででございます。
……喩えるなら物語の装丁といったところでしょうか。
白紙を湛えたその“シャハラザード=リデル”という御伽噺は14年の時をかけて書物を作り上げ、
そして自らにインクを刻まれにここを飛び出たのでございましょう。
何か導かれるように。
渇望を埋めるように。

そう、遠い語り部の言葉を借りるなら、物語はそれを必要とするものの前に現れるものです。
シャハラザード様の前に現れた物語は、酷く甘く繊細で狂った姫物語でございました。


お疲れになったでございましょう、部屋を用意させてありますのでゆっくりとお休み下さい。
あの方の夢は我々を酷く病ませるものですから。
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